『戦場に架ける橋』の舞台となったクウェー川鉄橋




タイガーテンプルの帰りに、寄って帰りました。

クウェー川鉄橋へ。

ここカンチャナブリーは、タイの西
ミャンマーの国境近くの街。

(見たことなかったけど)映画「戦場に架ける橋」の舞台になった場所。
この映画で一躍有名になりました。

全長250メートルあるクウェー川鉄橋は、
日本軍が造った(造らせた) 泰麺鉄道が通る橋。

橋の近くには、必勝と書かれたハチマキが車内に巻いてある
こんな車も止まってました。

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軍属・機関士たりし佐々木一三君
に協力してときの建設関係者
勇志並びに一般協力者これを遺す。
1977,2月7日
旧泰麺鉄道C56形機関車保存会

と日本語で書かれた碑も。

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そして、いよいよ鉄橋を歩いてみます。
すっかり観光化されていて、たくさんの観光客。

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綺麗なクウェー川を横目に歩きます。

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この橋は第二次世界大戦中、旧日本軍がタイからビルマに侵攻するために造らせた橋。建設は迅速さを要求されました。

建設の作業員には日本軍1万2000人、連合国の捕虜6万2000人(うち1万2619人が死亡)、募集で集まったタイ人数万(正確な数は不明)、ミャンマー人18万人(うち4万人が死亡)、マレーシア人(華人・印僑含む)8万人(うち4万2000人が死亡)、
インドネシア人(華僑含む)4万5000人の労働者が使われた。
建設現場の環境は劣悪で、特に工事の後半は雨季にもかかわらずさらなる迅速さが要求され、食料不足からくる栄養失調とコレラやマラリアにかかって死者数が莫大な数に上り、戦後に問題となった。
こうした労働者の多大な犠牲のもと、当初5年は掛かると言われた建設が翌年10月には完成した。

-Wikipediaより

安易にWikipediaで調べてごめんなさい。
それぐらい、全く知りませんでした。

こんなに綺麗な景色なのに、悲しい過去があったなんて。

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観光でここに訪れる私たち日本人は、
現地の人にどう思われてるんだろう。とふと考えます。

日本でいうと、アメリカの人が広島原爆ドームに観光に来るような感じでしょうか?私個人としては、特に何も思わないけど、キャッキャッ嬉しそうにはしゃいでたら複雑な気分になります。

なので、粛々と見て行きます。

日本にいたら知らなかっただろう事実。ここタイで知れたことは大きな収穫となりました。

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橋を見終わった私たち。
陽気なおばちゃんのバイクタクシーに乗ってバス停まで。
なんだか和みました。
私の顔はタイ人に似てるらしいです。
ありがとう、おばちゃん!

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タイ人に似てるのかな?

4 件のコメント

  • そんな橋があるなんて知らなかった。
    でも、女忍者さんが粛々と見学するなんて!
    ちゃんとモラルあったんやな。

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